鮭茶漬けは謳う



トリオンは隣国ウィンダスのことが気がかりで仕方がなかった。


近頃、ミンダルシア大陸に拠点を持つ邪悪な獣人、ヤグードに不穏な動きが見られるという。ヤグードと友好関係を築いているはずのウィンダスが、今現在どういう状況下で国を治めているのかは、やはり一国の王位継承者の一人として知っておくべきだろう。

・・・・・別に、今日の朝、ウィンダス帰りの兵士の一人から最新の流行料理の噂を聞いたからではない。断じて、ない。

自分の心にそう言い聞かせながら、トリオンは兵士たちの目を盗み、厩舎でチョコボを一羽借り、ロンフォールの草地を抜け、シャグナーの鬱蒼とした茂みの間を縫い、ひたすら東に走った。
東へ、東へ、東へ。


一晩かけてやっと到着した目的の地ウィンダスは、気が抜けるほど穏やかだった。
以前公務で来たときと変わらず、開放された森からは楽しげな笑い声がする。大方遊び好きなタルタルの子供たちが鬼ごっこでもしているのだろう。

一日中チョコボに乗り続けて疲労した身体を引きずり、トリオンは宿屋に行くわけでもなく、レンタルハウスの手続きもせず、ある店へ直行した。清らかな水がすべてを包み込むように流れている、そんな場所にぽつりと建つ店。店のドアを開けると、人々の活気のある話し声、心の休まるようなピッコロの音色、そしてなんともいえない、空腹の身に染み入るような良い匂いが押し寄せてきた。


「ようこそレストラン『夢のかけ橋』へ!」

小さなタルタルの女主人が、店内にある空席のひとつに腰掛けたトリオンに声をかけた。

「何になさいます?ここの料理はどれも天下一品!美味しすぎてほっぺたが落ちちゃっても知りませんよ!」

「ここに、この国の流行りの最新料理がおいてあると聞いてきたのだが。」

「ああ!鮭茶漬けですね!これ、とっても美味しいんですよ!北サンドリアから直輸入してきた上質なスモークドサーモンと我が国最高級のウィンダスティーを使った料理なんですけどね。なんでもさすらいの冒険者が人伝に教えていった異国の郷土料理なんだとか。とにかく、今大人気ですよ。これになさいます?」

「それをくれ。すぐにだ。」


時間を待たずして目の前に出された料理は、いままでに見たことの無いような形容をしていた。底の深い素朴な感じの白い陶器の器に入ったその料理は、とてもとても簡素なものに見える。タルタルライスが薄い緑のウィンダスティーの中に浸されており、その上には焙られたスモークドサーモンが無造作に乗せられている。サーモンにかかっているのは秘伝の調味料でもなんでもない、普通の岩塩だった。スープではないし、リゾットの類でもないその面妖な料理は、匂いだけは良い匂いをさせていた。

なんだこれは。こんな粗雑な食べ物が流行の料理?しかもこのサーモンは我が国の特産品だ。いつも食べ慣れているものではないか。これを焙ってライスとティーと一緒に食べるだけでそんなに人気が出るほど美味いものになるのだろうか?

トリオンは不可解そうな顔つきで器を手に取り、扱いなれていない割り箸という2本の細い棒で中のライスを掬って口に入れた。ゆっくりと咀嚼してみる。



「・・・・・・・・・・うまい!!!!!」

トリオンは感動していた。とても感動していた。ああ、サケチャヅケというものはこんなに美味いものだったのか。口の中に広がる、しっとりとしたライスの甘みとウィンダスティーの後味の良い渋み。ほぐされたサーモンのなんと薫り高いことか。岩塩のストレートな味覚が全体を引き締め、咽を流れる爽快な感覚が心を躍らせる。ああ、おいしい。


「店主、もう一杯おかわりだ!」
「おかわり!」
「おかわり」
「おかわり!!!」




鮭茶漬けおかわりぃ!!



満腹になり、心までがあたたかく満ち溢れた後、トリオンは店の主人に礼を言った。

「礼を言う。鮭茶漬けというものは本当に美味しかった。また来よう。」

「ありがとうございます!それではお勘定ですが鮭茶漬け61杯でしめて103700ギルでございます!!」

「え。」



トリオンは、いま、チョコボで祖国への道を走っている。ウィンダス偵察用に用意していた旅行資金を全て鮭茶漬けに使ってしまったためだ。サルタバルタの小川を越え、コルシュシュの砂塵を背に受けてひたすら北に走った。祖国へ、祖国へ、祖国へ。


トリオンは先ほどの鮭茶漬けとウィンダスの国政について考えていた。
次こそは、一国の王位継承者の一人としてウィンダスを偵察しに来よう。今回ウィンダスを充分に偵察できなかったのは鮭茶漬けのせいではない。空腹に負けて金の確認をしなかった己の不甲斐なさのせいなのだ。

次こそは鮭茶漬けを何杯食べても宿屋に泊まれるだけの資金を持って行こう。そして、食の文明国家ウィンダスの全てを偵察しよう。そうしよう。


トリオンの新たな決意を受けたかのように、陽の光はやさしく輝いていた。








〜おしまい〜



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