うららかな春の午後、穏やかな部屋の中。








気まぐれに開けた窓の向こうからは微かに花の香りがする。
そういえばここからそう遠くない場所に
リラの花の木が植えられていたはずだ。













うららかな春の午後













「昔、鳥を飼っていたことがあった」




窓から見える空は限りなく澄んだ青。さえずる鳥の声はやわらかく、心を安らかにさせる。






「知りませんでした。―――どんな鳥だったのですか」

「ん。・・・まあ、かわいらしい鳥だったな。私はその鳥があまりにも可愛くて大切で」

「・・・・・」

「・・・羽を切って籠の中に入れてずっと閉じ込めていた。逃げないように」






その鳥とは君のことだよ、とはやはり言えない。
そして今も君を閉じ込めている、なんて。
ロイはどこまでも鮮やかな青空を仰ぎ見ながら
リザのその視線から顔をさりげなく逸らした。






窓からの日差しで室内はぽかぽかとしている。
フローリングは白く淡く反射し、すこしオレンジがかって見える。
柔和な色だ、とリザは思った。そして目を細めながらもう一度ロイの横顔を覗く。






「―――大切だというその気持ちもわかりますが。あなたも酷なことをしますね」

「やはり、そう思うか」

「はい。そんなに逃げ出すそぶりのある鳥だったのですか?」

「え? いや、その・・・・・ええと」







目の前でさら、と金の髪が音をたてた。白いカーテンが風に揺れる。






「そうじゃない。・・・―――そうじゃなかったよ」






そういえば、一度逃げたその後も
君は自分から俺の元に戻ってきたのだった。

あの夜も、君は俺を 拒まなかったな。






日の光を吸収して、充分にあたたかくなったロイの髪の毛をリザはやさしく撫ぜる。
彼女の膝の上にのる彼の頭。彼女の位置からでは彼の表情なんてなんでもお見通しなのに。
それでもそっぽを向くロイの仕草はなんとも可愛らしい。
真っ黒な髪。真っ黒な眼。このひとは今日もあたたかい。






「大佐。・・・次に、鳥を飼うときは」

「・・・」

「羽を切らないでみたらいかがですか。
 ―――もしかしたら逃げないかもしれませんし」

「・・・そう思うかい?」

「もし逃げても・・・そうですね。 私はいますから」

「・・・は?」

「ですから、・・・・・。・・・すみません。もういいです」

「いや、リザ。 もう一度」

「いえ、もう、いいですから。聞かなかったことに」

「できるわけないだろう!」








うららかな春の午後、穏やかな部屋の中。
窓の外の空はどこまでもどこまでも深い青。
吹き抜ける風。ゆれる緑。白くひかる羽根雲。


ふたりは見つめあった。
そして笑い合った。
とうに自分が誰よりも
相手に必要とされている
その事実をお互い知っているままに。







(終)





トジル